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「つなみ 被災地のこども80人の作文集」

2011年07月09日 · コメント(1) · 未分類

 すっかり遅くなってしまいましたが、ご連絡です。
 僕がこの数ヶ月力を入れてきた本、というか、雑誌が出ました。といっても、書き手は僕ではありません。岩手、宮城の保育園児、小学生、中学生、高校生の子どもたちです。
『つなみ 被災地のこども80人の作文集』
 月刊『文藝春秋』の臨時増刊号です。
つなみ画像
 すでに多数のメディアに紹介されているほか、たいへんな反響をいただいています。

 震災以来、宮城と岩手の被災地へは6回足を運んできましたが、そこで一番注力していたのが子どもたちへの作文の依頼、そして、またそのご家族への取材でした。
 その結果、計86名の子どもたちに作文を書いていただくことができ、本書にまとめることができました。

 震災からしばらくして、子どもに関する取材をしようとしていました。
 きっかけは2段階あります。
 最初のきっかけは震災から1週間目に足を運んだ大槌町での風景でした。ある小学校の避難所で、災害担当の人から話を聞いているとき、子どもが後ろではしゃいで走り回っていたのですが、それを見た古老が「うるさい! 静かにしなさい!」と怒鳴りつけていたのです。小学校低学年ほどの子どもでしたが、その叱責をうけて、彼らはシンとなってしまった。まだ震災から日も浅く、誰もがイライラしているような時期だったので、仕方がないと言えば仕方がないとも言えたのですが、「それにしても……」という感慨もまた拭えませんでした。
 ところが、避難所の外に出ると、ボールなどで元気に遊んでいる子どもたちもいるわけです。たいへんな体験をしている子も少なくないだろうに、それでも子どもは遊ぶんだよな、子どもは強いな……と、そんなぼんやりした感慨をもっていました。そこで戻ってから、震災を体験した子どもの取材を考えました。すでに震災孤児の話なども上がりつつあり、当初はそちらで取材を進めようと考えていたのです。
 そんな時、資料で吉村昭氏の『三陸海岸大津波』を読みました。
 同書は明治29年、昭和8年、昭和29年という3度の津波を経験している三陸の地域を吉村氏が取材し、まとめた本ですが、その本の核ともいうべき部分が「子供の眼」という章でした。この章は昭和8年の大津波に際して、田老町(現宮古市田老)の尋常高等小学校の子供たちが寄せた作文を収録したものです。
<山で、つなみを見ました。
 白いけむりのようで、おっかない音がきこえました。火じもあって、みんながなきました。>
 そんな幼い文章がそこには複数ありました。
 どれも表現は拙いものです。けれど、そこに綴られた痛ましさ、悲しさはきっちりとした大人の言葉をはるかに越えて伝わるものでした。拙いがゆえに、津波のおそろしさ、そこで起きた悲劇が実感をもっていたのです。
 今回の震災に際して、もう二度と悲劇を繰り返さないためには、また、将来にわたってこの惨事を伝えていくのに、何ができるのか──。
 そう考えたとき、まさに子どもの作文こそ有効ではないかと思いました。
 そうして、名取市、仙台市、石巻市を回りだしたのが4月の半ばでした。
 
 ためらいがなかったわけではありません。震災から日が浅い時期でもあり、心のケアという点で触れないほうがいいという考えもあるだろうと思いました。一方で、複数の専門家にうかがったところ、甚大な災害に際して、語ること、伝えることでそのストレスを軽減するという意見もありました。
 そこで、避難所を回るときには無理強いはせず、保護者とともに趣旨を説明し、「やってもいい」「書きたい」という子にお願いすることにしました。

 結果的には、作文を書いてくれた子は86人にも達しました。これほど多くの子が書いてくれるとは、私にとっても驚きでした。
 依頼したのはシンプルで、3月11日をどこでどのように過ごしたか、また、その後の月日をどのように過ごしてきたかということ。返ってきた作文には、においや音といった五感が駆使され、その時の様子がありありとわかるようなものが多数ありました。
 しかし、子どもたちが綴ったものはそれだけではありません。両親や祖父母、兄弟など家族への思い、あるいは、避難所で自分たちを支援してくれた自衛隊や医療関係者などへの感謝の念、そして復興への強い思い……。それらはすべて自分の意志で書いたものでした(多くの親は「最初に読んだら子どもにわるいから」と読んでいませんでした)。そこに私は驚き、また、希望を覚えました。
 また、引き受けてくれた子は真面目に接してくれた子がほとんどでした。下書きを経て清書してくれた子も多く、受け取りに行った際、「途中だから、ちょっと待ってて」と言った子は避難所で腹ばいになりながら、数枚の下書き原稿用紙と格闘しているところでした。
 この作文は義務でもなく、学校の宿題でもありません。いわば、途中でやめてもかまわなかったものです(実際、途中で書くのを忘れたり、やめてしまったという子も十人余りいました)。けれども、大半の子どもたちはしっかりとこちらの思いを受けとめ、書いてくれた。その事実自体に、子どもたちの「伝えたい」という思いを感じたりもするのです。
 本書は、活字もありますが、原稿用紙をそのまま撮影しているページも少なくありません。鉛筆の質感からは彼らが書いていたときの思いや息づかいまで伝わるものです。ぜひお手にとっていただき、じっくりと読んでいただければと思います。
 どうぞ、よろしくお願いいたします。

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コメント(1)

  • 翡翠

    昨日のTBSを聴きました。ちょうど出張に行く時でしたので全部は聴けませんでしたが、心に止まりました。私の故郷は岩手で兄が大槌におり叔父が気仙沼にいて被災しました。幸い命は助かりましたのでそれだけでも一安心ですが、大人の方が立ち直りが遅くて気になりますが、子供はまた別のところで、言葉にならない何かを感じているようです。そう言う意味でも、作文という方法は、とてもよかったのだろうと思います。本はまだ読んでいません。これから購入したいと思っています。ご活躍をお祈りします。